旧称は中村。阪南市の前身、東鳥取村の中心部に当たる地区である。明治期、山直中村、麻生郷中、信達中と共に改称命令が出され、それぞれ山直中、麻生中、岡中、鳥取中と改称。

鳥取中地区のやぐらは平成九年新調入魂式。製作は箱作の武輪工務店。棟梁武輪俊夫にとって初めてのやぐら製作であったが、苦心の末にも見事にやぐらを組み上げ、地区の期待にこたえた。阪南市でも一、二を争う大型やぐらであり、入魂式当日には波太神社の大鳥居をくぐるのに梃子摺るほどだった。彫刻は先代を受け継ぐ形となり、中国三國志演義を中心とする迫力ある彫物が見るものを睨みつける。

先代やぐらは昭和十年、蟻岡製作所にて新調。平成六年の関西空港開港式典にも参加した。このやぐらは幾度となる改修を繰り返し、より見栄えがよくなる様にと工夫がされた。左右に大きく張り出した大屋根や、豪快な彫刻、美しく飾り付けられた金綱をもつそのやぐらは、「豪傑」と異名をとった。現やぐら新調の際、泉南市男里南へ売却され現在も曳行中。

また鳥取中地区の曳行形態は独特で、宮入は東鳥取山手地区の和泉鳥取・山中渓と共に、連合曳行時は石田・黒田・下出と共に東鳥取四地区として曳行される。御輿渡御番は和泉鳥取、山中渓と合同で勤める。


   



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