2007/11/12


新町は旧南海町のちょうど中心部に位置する地区。以前は北湊村と呼ばれ、波有手村の漁師が多数移住して新しく村落を形成した。寛文初期に新村と改称し、昭和三十一年の南海町合併の際、新町と改称。

現在の新町のやぐらは平成元年新調。製作には地元三名の大工が手をかけた。特徴は鬼板にあり、現在阪南市では唯一の飾目(シカメ)。大屋根鬼板には二神が彫り込まれている。彫刻責任者は地車彫刻で名を馳せた木下頼定。




2007/10/12〜


私は小さな頃からこの方たちの背中を見て育ちました。青年団卒業とはもうそんなに時がたつのかと思うとともに、自分の卒業も次第に近づいてくるのを感じ、なんとも言えん気持ちになってきます。11年間お疲れ様でした。



2007/9/11〜


いよいよ今年のパレードまであと20日



2007/8/25〜


南上町岸和田祭礼参入記念入魂式より

前中北町のだんじり。以前の雰囲気そのままに、南上町の宝として生まれ変わりました。9月祭礼地区のだんじりらしく、高い位置の吹きちりが何とも言えんええ感じですな。



2007/5/20〜


下出の地車庫前に新調寄附芳名板が建ちました。近年、他市ではこういった芳名板が流行っていましたが、阪南市内でこういったものが建つのは珍しい。新調地車完成後は芳名が一生残るよう工夫されるとのこと。



2007/4/23〜


泉南市金熊寺のやぐら。泉南市北野先代。昭和9年に製作を開始し、昭和12年に完成した。彫刻は淡路彫刻の雄、三代目黒田正勝が彫刻責任者として鑿を揮い、当時黒田正勝に弟子入りしていた木下舜次郎も手を懸けたと言われる。平成12年の北野現やぐら新調に際し工務店へ売却。その後数年間の保存期間を経て金熊寺に譲渡され、金熊寺は平成17年から町会を挙げて祭礼復帰した。



2007/3/24〜


2006年の御輿の写真は祭好人様からのご提供。一度じっくり御輿の写真撮りたいです。



2007/2/7〜


2004年の写真の中から石田地区。石田のやぐらは本体が重い為、相当後に比重がかかってます。ナガヤが上がってしまわないように曳き回すのには相当の力と技術が必要。



2007/1/9〜



波太神社宮出から帰町の1シーン。死と隣り合わせの危険な宮入を終え、青年団の顔にも笑みが浮かびます。小さな子供からそのお父さんお母さん、お年寄りまで皆で楽しく綱を曳きます。



2006/12/12〜



今年の写真の提供を待っていましたが、うちの専属カメラマンの方が今年は全然撮っていないとのこと。他の方に提供してもらうようにお願いしていますが、もう少し時間がかかりそうなので2005年度の写真から上東組。



2006/11/13〜



2006年、青年団の大きなサプライズとしてパレードで法被を変更しました。
『単調なパレードを面白くしたい』との想いからでしたが、概ね好評だったと思います。
この件に関しての秘話などは、いずれブログででも。




2006/11/2〜


記念すべき、サイト改修後初のトップ画像は黒田のやぐらにしました。
今年は色々なことがありましたが、本当にええ祭りやったと思います。
あいつも喜んでると思います。ありがとう!








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