石田、桑畑地区のやぐら。祭礼では波太神社鎮座の為、宮本を名乗り参加する。石田地区は名の 示す如く、土壌の状態がおもわしくなく、田は瘠せて小石の混じり、畑作が主であった。明治以後、地下水を利用する灌漑法が考案され水田化が進んだ。

平成2年新調
大工:川端三千雄
彫刻:木下賢治
旧称は中村。阪南市の前身、東鳥取村の中心部に当たる地区である。明治期、山直中村、麻生郷中、信達中と共に改称命令が出され、それぞれ山直中、麻生中、岡中、鳥取中と改称。

平成9年新調
大工:武輪俊夫
彫刻:坂本彫刻工芸
下出地区は阪南市で最も広い地区の一つ。東には泉南市を隔てる男里川が流れ、東西には信長街道がはしる。中心には大願寺が鎮座し、その敷地内にやぐら部屋が存在する。

平成20年新調
大工:岡川章
彫刻:西澤大美
黒田の名の由来は、地区に存在する全ての田は地よく肥え美田であり、土の色が黒かったことから。黒田地区には昔から石匠が多くおり、高野山奥ノ院最大の駿河大納言忠長建立の五輪塔は、黒田石工の甚左衛門の作である。

大正6年新調
大工:高松利平
修復:小鯛藤夫
和泉鳥取地区は江戸時代に形成された新興村落であり新家と呼ばれたが、町制施行の際、国鉄阪和線和泉鳥取駅所在の為、和泉鳥取と改称。新家の古称は法被や提灯や幕などの装飾に見ることができる。

大正10年新調
大工:若野寅太郎
彫刻:西本舟山
山中渓は名の通り山間の地にできた地区で、平安時代熊野参詣が流行したことにより宿場町が形成された。昭和五年 、私鉄阪和鉄道の開通により温泉の開発が行なわれ、温泉町として発展。昭和四七年の阪南町合併に際し山中渓 と改称した。

明治末期購入
修復:小鯛藤夫
自然田上組は自然田上出、寺脇地区の連合。上出地区には自然田 縁の寺、瑞寶寺が存在し、自然田住民センターと上組のやぐら部屋は寺の敷地内にある。以前はこの瑞寶寺に村に存在する五台のやぐらが寺入りし、波太神社へ は宮入しないという特異な祭礼形態をとっていた。

大正12年新調
大工:蟻岡製作所
自然田村芝出(シバデ)地区のやぐら。祭礼では上東(カミヒガシ)組を名乗る。上東組のやぐらは大正八年に製作され、自然田地区に新調ブームをもたらした。自然田特有の小振りなやぐらで、彫刻場面は上、東同様、源平合戦記が事細かに細工されている。

大正8年新調
大工:米澤清五郎
彫刻:西本舟山
以前の自然田村南、東地区が統合、地区名を中之場とする。祭礼では自然田東を名乗り参加する。法被や提灯に施されている飛賀志の文字は、縁起が良いようにと東を捩ったもの。

大正9年新調
大工:若野寅太郎
宮本町は尾崎町内の通称町。以前存在した本町と天王町が合併した際の町名決定会議にて、天王町内に尾崎天王社が存在したことから町名を宮本と定めた。波太神社の宮本である石田地区と区別する為「尾崎宮本町」の表記がよく使われる。

平成5年新調
大工:成尾義一
彫刻:木下彫刻工芸
尾崎町の浜手に位置する地区。大西町は尾崎町の通称町であるが、独自の町会を所有し、祭礼には町会を保存会とし参加する。 大西町内には海老野浜が存在。縁起の良い海老を町のシンボルとし、海老の意匠が法被に描かれている。「海老野」は町の通称として、法被や装飾のいたる所に海老野の文字が施されている。

平成3年新調
大工:見本圭介
彫刻:木下彫刻工芸
尾崎町内の通称町。竹安建設が腕によりをかけた相生町のやぐらは、形がよく容姿が美しい。良質の尾州檜を選りすぐり製作された本体は色目が良く、木下彫刻が施した木彫細工も見事である。

平成8年新調
大工:竹安建設
彫刻:木下彫刻工芸
朝日町は相生町、福島町と祭礼統合され、阪南市では曳き手が最も多い地区として有名。現在は相生町が祭礼復帰し、また全国的に曳き手不足に陥る中にあるが、現在でも祭礼参加人数は群を抜いて多く、曳き綱の長さは未だ阪南市一。

平成2年新調
大工:古川保
彫刻:春田欄間店
波有手組は波有手南、波有手西の連合。二地区が共同で曳行する。 現在のやぐらは平成二年新調。大工は地元の岡川兄弟と柿野氏の共同による製作。彫刻責任者には地車彫刻で名を馳せる木下賢治。非常に大型のやぐらで、張り出した大屋根や、手の込んだ彫刻が見ものである。

平成2年新調
大工:岡川組・柿野組
彫刻:木下賢治
波有手東地区のやぐら。祭礼では上組を名乗る。 現在曳行中のやぐらは平成六年新調入魂式。切り立った姿見の大屋根、鬼板の獅噛、一つ一つが大きく表情豊かな枡組の龍などが特徴。

平成6年新調
大工:古川福夫
彫刻:坂本工芸店
波有手北地区のやぐら。以前は北出地区の上組、中出地区の下組に別れ、それぞれやぐらを所有し曳行していたが江戸末期にこの二地区が合併。地区名を北と し、記念として一台のやぐらを新調した。祭礼では地区の恒久繁栄を願い「榮 組」を名乗る。

平成2年新調
大工:岡川組
彫刻:木下頼定
新町は旧南海町のちょうど中心部に位置する地区。以前は北湊村と呼ばれ、波有手村の漁師が多数移住して新しく村落を形成した。寛文初期に新村と改称し、昭和三十一年の南海町合併の際、新町と改称した。

平成元年新調
大工:大津和三郎・谷本暁・見本利隆
彫刻:木下頼定
貝掛の名の由来は地区に伝わる伝説『貝掛松』から。昔、盗人が岸和田神於寺の宝物法螺貝を持ち出して当地を過ぎる時、 吹きもしない貝が鳴るので、恐れをなして貝を松に掛けて逃げ去ったと謂われる。

新調:大正末期
大工:不明
彫刻:不明
西地区の現やぐらは昭和六十三年新調。製作は安田建設。屋根周りに特徴があり、大唐破風の屋根に正面枡合の無い枡組。小屋根が大きく威勢の良い曳き手の 元、曳行する様は圧巻。彫刻の中心場面は中国三国志演義。牡丹の彫刻に施された桃色の色彩が鮮やかで珍しい。宮入は地元の加茂神社。

新調:昭和63年
大工:安田建設
彫刻:坂本工芸店
箱作の山手地区。宮入は地区内の菅原神。 現やぐらは平成十二年新調。大工棟梁武輪俊夫、彫刻は坂本工芸。阪南市一と豪語するほど非常に大型のやぐらで、武輪工務店製作らしい姿見の良い外観が特徴である。

新調:平成12年
大工:武輪俊夫
彫刻:坂本工芸店





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