宮本町は尾崎町内の通称町。以前存在した本町と天王町が合併した際の町名決定会議にて、天王町内に尾崎天王社が存在したことから町名を宮本と定めた。宮本町が宮入を行う波太神社の宮本である石田地区と区別する為「尾崎宮本町」の表記がよく使われる。

現在のやぐらは当時尾崎地区最後の新調となった為、先の二町(*)に負けるまいと膨大な資金を注ぎ込み製作された。その彫刻は見事で、懸魚三場面には神話物語でも有名な天岩戸開き、神武東征、八岐大蛇退治が、見事に彫り上げられている。中心場面は源平合戦記で、彫刻の躍動感は群を抜く。姿見も美しく、まさに傑作の名にふさわしいやぐらである。

先代やぐらは、小振りであったが姿見がよく、他のやぐらの手本とされることもあった。赤色の提灯、吹きちりをなびかせ、白法被で颯爽と曳行する様は鮮烈であった。現やぐら新調に伴い、現在は泉佐野市南中岡本へ。岡本でも白法被で曳行されている様を見ると、感慨深いものがある。

*当時は相生町が新調前。尾崎地区は宮本町、大西町、朝日町の三町で曳行をしていた。他地区からでも尾崎地区へのり入れを希望するところが多く、特に尾崎駅周辺を曳行することの多い宮本町は、他地区のやぐらと共に曳行する姿がよく見られた。



宮本町は法被のデザインが変わるサイクルが早い。これは町民しか法被を購入することができない為、買替えで余る法被が町外の者に流出することを防ぐ為と云われている。



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