貝掛(カイカケ)の名の由来は地区に伝わる伝説『貝掛松』から。昔、盗人が岸和田神於寺の宝物(ホウモツ)法螺貝を持ち出して当地を過ぎる時、 吹きもしない貝が鳴るので、恐れをなして貝を松に掛けて逃げ去ったと謂われる。

地区内には指出森神社が存在し、やぐら庫も神社内にあるが、神体は波太神社に合祀されている。合祀の理由は諸説あるが未だ不明である。宮入は波太神社。

現在曳行されているやぐらは大正末期製作。大工、彫刻師とも明らかになっていない。彫刻場面には加藤清正虎退治、義経記、忠臣蔵美談など。貝掛地区は昭和三十年頃、波太神社馬場先で曳行中、大事故を起こし曳行停止に。昭和四十六年曳行を再開するが波太神社への宮入は行わず。昭和六十年に解体大修理が行われ、同年より波太神社への宮入を再開する。

先代やぐらは、村の若衆がやぐら新調を自治会へ懇願したが受け入れてもらえず、曳行中のやぐらを破壊するという暴挙に出た。地区内の釈迦坊川へやぐらを投げ入れ大破する。無事であった彫刻は住民に分配した。また地区には昭和四十年代中頃、泉南市六尾より購入したやぐらが存在したが、貝掛では曳行せず。現やぐらの昭和大修理の際、曳行再開を模索していた波有手組へ譲渡した。
  



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