2005/12/30

2005/11/30


下出・相生町交流会


 前回コラムで、"他地区に出向く曳行方法"について、否定的な意見を出したところ、「ほな相生町との交流はどうなってんねん?」と意見が飛び出したので、ここで詳しく述べてみようと思います。

 下出町内には相生町の飛地が広く存在します。(飛地の説明は今後コラムで) また、昔は尾崎町であった場所が区画整備によって住所上『下出』に編入された地域も広く存在しています。同じく相生町内にも下出町の飛地が存在し、この2町は昔からつながりの深い町として存在してきました。

 祭礼において、下出町は駅下に下りることはありませんが、相生町のやぐらは尾崎駅周辺、下出町一帯を曳行しています。ともに長年の曳行停止期間から復帰した町であり、祭礼本番でこそ交流はありませんでしたが、隣町同士で良い雰囲気の交流が続いていました。

 相生町が祭礼を復帰してから約10年がたち、「これだけ交流のある2町なのだから祭りで1度も顔を会わせないのはおかしい」と、両町から交流を求める声があがりました。両町ともに交流会を模索していた時期でもあり、相生町からは、「試験曳き、パレード、曳き出し、宮入、尾崎パレードと、何かと下出で曳行を行っている。下出さんも是非うちに曳き入れてください」と提案がありました。

 それに対し下出町では、「町内曳行を行う時間に隣町と言えども自町に背を向け曳行することはできない。駅前、駅下の一部でいいので2町を一緒に曳行しましょう。」と申し出、平成十六年の祭礼二日目、両町の交流会が実現しました。

 予定上では、先ず相生町の下出町との境界付近を曳行し、次に下出町の相生町との境界、尾崎駅付近を曳行するというものでしたが、両町ともに曳行時間に余裕がなく、両町の境界(サークルK尾崎)にてやぐらを並べ、掛け合いを行いました。途中、尾崎各町と交流会を行っていた榮組のやぐらが参加し、地区の違う3台のやぐらを並べるという歴史的な一瞬になりました。

 曳き手にとってお互いの地区を曳行できなかったことは残念でしたが、滅多に横に並べることのない他地区のやぐらとしこれることが嬉しくて、休憩もせずにいつまでもしこっていた記憶がありますね。

 本年の祭礼でも、ともに曳行コース許可を取っておき、"時間が合えば一緒に曳行しよう"とのことでしたが、今年も行事が重なっており顔をあわせることもなく残念でした。試験曳きでは両町同じ地域で曳行をしていますが、来年は時間が合えば是非、相生町さんの方へも曳き入れてみたいですね。


*注)便宜上、下出、相生ともに町を付けて表現しています。相生は尾崎町内の通称町、下出は地区改称をしておらず、現在も地区表現は"村"です。

2005年12月









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